幸せだった時の二人…。
火曜日, 9月 20th, 2011 オーティス レディングの“ドッグ オブ ベイ”、ボッブ ヘブの“サニー”等のオールディーズが静かに流れる店内。
カウンター席に俺とY子はならんで腰を掛けて、それらの曲に聞き入っていた。
「ねえ、オーティス レディングって、この曲を出した後すぐに亡くなったってほんとう?」 「ああ、この歌詞に出てくる男のように、恵まれない境遇だったようだね。
生きているだけ、この歌詞の男の方が恵まれていたって言うことかもしれない」 「そうね、なんだか悲しい歌よね」と、Y子がファッショングラスを傾けた。
カンパリとジンとベルモットを使った“ネグローニ”を飲んでいる。
すでに3杯目だ。
アルコールのせいか、目元をほんのりと赤く染めたY子の横顔はとても20代前半には見えないほど色っぽい。
今日は8月20日。
去年の今日、俺たちは始めて結ばれた、いわば“記念日”なのだ。
ここは横浜のグランドホテル近くのバーだ。
時折開くドアからは、潮の匂いを乗せた空気が店内に流れ込む。
薄暗い店内は、BGMのオールディーズと相まってアンニュイな空間だ。
夜、しかもY子と過ごす時間、まして記念日には相応しくないかもしれなかったが、あえて俺たちはこの店のドアを開けたのだった。
グランドホテルの寿司屋で食事をしてから、すぐにここに来た。
俺たち二人の周りには、誰も邪魔をする奴はいないし、かえってアンニュイな空間が俺たちを落ちつかせてくれる。
ひとしきり、音楽の話をした後で、俺たちは未来の事について話し合った。
お互いに口には出さないが、それぞれお互いを未来のパートナーとして認め合っているから、そんな会話にも何の違和感もなかった。
かえって、こういう話が出ない方が違和感があるのかも知れなかった。
俺は、二人の未来について語る時に、やはり大きな幸せを感じていたしY子も幸せそうな表情を、その綺麗な顔一杯に浮かべながら屈託なく話をする。
こんなときの二人は、世間のどんな恋人同士よりもきっと“幸せそうな表情”をしているのかも知れなかった。
いつの間にか幸せな時間は駈足で通り過ぎていき、すでに12時近い時間になっていた。
今日はグランドホテルに部屋を取ってあるので、帰る必要はないし、明日はお互いに有給休暇を申請してあるのでもっとゆっくりしていてもいいのだが、俺たちは早く二人になり、抱き合いたかった。
それはただSEXをすることが目的ではなく、コミュニケーションの手段としてSEXが最高の方法であると、何となく俺もY子も感じていたからだった。
部屋に入ると倒れこむようにして、抱き合ったままベッドに倒れ込み、口づけを交わしながらお互いの瞳の奥を覗き込んだ。
Y子の黒く澄みきった瞳の奥には、なんの陰りも無く、俺を全面的に信頼していることを感じた。
俺たちは激しく求めあった。
そして、幸せの中で深い眠りに落ちていった。
二人とも、やがて来る悲しい別れをこの時には、全く予感できなかった。
ただただ、幸せだった時の二人・・・・・・・・・・。
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